東京高等裁判所 昭和38年(ツ)181号 決定 1966年3月31日
上告人 宮沢菊治 外三名
被上告人 宮沢剛
主文
本件を最高裁判所に移送する。
理由
一、本件事案の要旨は、次のとおりである。
被上告人(第一審原告、被控訴人)は、別紙目録<省略>記載の選定者を被告として飯田簡易裁判所に対し、長野県下伊那郡天竜村大字平岡字原五四二番二の畑四畝一〇歩(以下「本件土地」という。)について昭和一一年四月一日贈与による所有権移転登記手続を求め、その請求の原因として「訴外宮沢ともゑは、昭和一一年三月二八日訴外宮沢半助、同ユキ夫婦と養子縁組の届出をしたが、右縁組をするについて父の訴外宮沢信衛から本件土地の贈与を受けて所有権を取得したが、所有権移転登記を経由しないまま右信衛は昭和二五年一月八日死亡し、別紙目録記載の選定者等が相続をなした。これより前、右ともゑは、昭和一一年四月二日養父半助の死亡により女戸主となり、さらに被上告人は昭和一三年一〇月右ともゑの許に入夫婚姻をして戸主となり、同日右届出をしたので、前戸主ともゑの有した一切の権利義務を承継した。従つて、被上告人は、右ともゑが亡信衛の相続人である別紙目録記載の選定者に対して有する本件土地の贈与による所有権移転登記請求権を承継取得したので、本訴に及ぶ。」と述べた。第一審の飯田簡易裁判所は、右請求を認容したので、被告らは控訴を提起したが、原審(長野地方裁判所)は本訴を類似必要的共同訴訟であると解しつつ、上記請求原因事実を認定して、右控訴を棄却した。これに対して上告人は、本訴が固有の必要的共同訴訟であることを前提とし、前記信衛の共同相続人の一人である訴外村松初雪を除外してなされた原判決は不適法であつて、民法第八九〇条、第八八九条、第八九八条、第八九九条および民事訴訟法第六一条、第六二条に違反するから破棄を免れないと主張した。
二、第一審証人村松初雪の証言(一七三丁)および村松友市の除籍謄本(四六九丁、四七一丁)によれば、右村松初雪が信衛の相続人の一人であつた同人の妻タカの私生子であること、タカが昭和三六年二月一三日に死亡したことが認められるから、村松初雪も、上告人等主張のように、結局において信衛の相続人の一人になつているものといわなければならない。したがつて、本件訴訟を上告人の主張するように固有の必要的共同訴訟と解すべきものであるならば、本件上告は理由があるものということができる。
当裁判所は、後記の理由により、本件訴訟は上告人の主張するように固有の必要的共同訴訟であると解するのが正当であると信ずるのであるが、そうすると従来の最高裁判所の見解に反することになる。すなわち、最高裁昭和三六年一二月一五日第二小法廷判決(最高民集一五巻一一号二八六五頁)は、不動産の買主がその売主の相続人に対し売買を原因とする当該不動産の所有権移転登記を求める訴訟は、その相続人が数人いるときでも必要的共同訴訟ではないと判示している。その理由は、相続人の所有権移転登記義務が被相続人から相続によつて承継取得したもので、かような義務は不可分債務であるから、相続人の一人に対して右義務の履行を求めうるというにある。しかし、他方最高裁昭和三四年三月二六日第一小法廷判決(最高民集一三巻四号一頁)は、所有権移転登記の共有名義人を被告として当該登記の抹消登記手続を求める訴訟は固有の必要的共同訴訟であると判示し、この趣旨は、最高裁昭和三八年三月一二日第三小法廷判決(最高民集一七巻二号三一〇頁)においても踏襲されている。後者の二判決の採る見解は、明らかに前記最高裁昭和三六年一二月一五日第二小法廷判決と矛盾しているとしか考えられない。すなわち、固有の必要的共同訴訟と解する上記二判決は、大審院昭和八年三月三〇日判決裁判例七民五七頁の見解を踏襲したものと考えられるが、この大審院の判決は、被相続人の所有権取得を否認する上告人が遺産相続人たる被上告人らを相手どり被相続人名義の所有権取得登記の抹消登記手続を求めた事案についてなされたものであり、上記最高裁昭和三六年一二月一五日第二小法廷判決の見解に従えば、正しく遺産相続人である被上告人らは被相続人の所有権取得登記の抹消登記義務を相続によつて承継し、その義務の履行を上告人から求められているのであるから、その義務はいわゆる不可分債務であつて、右訴訟は固有の必要的共同訴訟ではないと解しなければならない筈である。しかるに、この場合には固有の必要的共同訴訟であると解するのは、この種登記請求権の特質、換言すれば、後記のような不動産登記法第四二条の規定による制約を考慮するために外ならないと考える。そうだとすれば、本件のように、被相続人信衛からの所有権移転登記を相続人である上告人らに対して求める上記訴訟も、この種登記請求権の特質を考慮して判断しなければならないと考える。
三、権利に関する登記は、不動産に関する物権変動の当事者すなわち一般的には登記権利者および登記義務者の共同申請に基づいてなされ(不動産登記法第一条、第二五条第一項、第二六条第一項)、当事者の一方又は第三者の申請は不適法として却下されるのが原則である(同法第四九条第三号。但し、同法第二七条、第一四三条、第一四四条等は例外である。)。従つて、当事者の一方又は双方が死亡した場合、右の原則を貫ぬくかぎり、登記の申請が不可能になるので、不動産登記法は明文の規定を設け、登記権利者又は登記義務者の相続人がその身分を証する書面を添付すれば、登記権利者および登記義務者間の物権変動の登記を申請しうるものと定めたのである(同法第四二条)。もし登記権利者又は登記義務者の相続人が右の登記申請に協力しないときは、他方の当事者は右物権変動の登記手続をなすべき旨訴求しその確定判決を待つて単独で申請することになる(同法第二七条)。この場合、登記の対象はあくまで登記権利者および登記義務者の間の物権変動であつて、登記義務者の相続人から登記権利者への物権変動でもなければ、登記義務者から登記権利者の相続人への物権変動でもない。相続人は物権変動の当事者ではないからである。このことは、不動産登記法が物権変動について登記をすること(同法第一条)、申請書に登記原因を記載させ、これを証する書面の提出を命じていること(同法第三六条第一項第四号、第三五条第一項第二号)、登記簿には登記原因を記載するものとしていること(同法第五一条第二項)、相続人は相続を証する書面を添付して登記権利者又は登記義務者に代つて登記の申請をしなければならないこと(同法第四二条)などを定める諸規定からも十分推認することができる。かように当事者間の物権変動を登記原因を明示して忠実に登記せしめることとしているのは、我が国の登記が対抗要件としての効力しか有しないので、取引の安全を図るためには物権変動の過程を忠実に登記簿に反映せしめる必要があると考えられたからに外ならず、また相続人が全員一致して登記を申請しなければ、その申請を却下することとしているのは、我が国の登記には公信力がないから、できるかぎり誤謬の登記の生ずることを防止し、もつて、取引の安全を図らんとしたことにあることは、明らかである。
右のような不動産登記法の建前からいうと、相続人が被相続人のなした物権変動の登記を、相手方のために協力すべき義務は、いわば一体的なものであつて、かかる登記は相続人全員が一致協力しないかぎり、そもそも不可能であり、相続人のうちの一人には勝訴したが、他の相続人には敗訴したというようなことは、単に事実上乃至論理上不当であるというにとどまらず、法律上においても不当といわなければならない。けだし、上記のとおり、不動産登記法は、その第四二条において相続人全員が登記の申請人になることを要求し、その一人でも欠けるときは、第四九条第三号によつてその登記申請を却下すべきものとしているからである。従つて登記権利者は、登記義務者の相続人全員を被告として訴え、勝訴しなければ、法律上そもそも権利を保全しえないものといわなければならない。換言すれば、登記義務者である被相続人信衛から登記権利者への所有権移転登記手続請求についての判決は、相続人全員に対して合一にのみ確定すべきであつて、その間に区々たる判決がなされることは許されないのである。そうだとすれば、上記最高裁昭和三四年三月二六日第一小法廷判決の場合と同様、本件訴訟も亦、固有の必要的共同訴訟と解するのが正当といわなければならない。その意味で、不可分債務であることについて疑のない、例えば馬一頭の売主がその引渡を完了しないうちに死亡し、買主が売主の相続人に対して右引渡を求める訴訟とは、根本的に異なるものというべきであろう。
よつて、民事訴訟法第四〇六条ノ二、民事訴訟規則第五八条第一号の規定により、主文のとおり決定する。
(裁判官 村松俊夫 江尻美雄一 吉野衛)